【陸上競技】熊本の高校生が大阪のオリンピアサンワーズでインソールをフィッティングする理由とは?~三段跳び少女の奇跡(その1)

TRACK&FIELD STORY
-TRIPLE JUMP-

熊本から来た小4の女の子

その日、九州の空は、晴れ渡っていたはずだ。

女の子を乗せた飛行機が、熊本空港から飛び立った。
夏休み。
大阪への日帰りの旅。
彼女は小学4年生だった。
隣には、お父さんと、お姉ちゃんが座っている。
もちろん、楽しいはずだった。
でも、旅の目的が、彼女にはちょっと不思議だった。

「どうしてシューズを買うために、飛行機に乗って、わざわざ大阪まで行くんだろう?」

到着した大阪は、暑かった。
空港から電車を乗り継ぎ、ようやくたどり着いた駅。
その「鶴橋(つるはし)」という駅名が、彼女には、強く印象に残った。

しばらく歩くと店についた。
そこは、「店でない」ような、不思議な店だった。
お父さんにうながされて中に入った。
彼女は少し緊張したけど、お姉ちゃんといるから大丈夫だった。

中学の陸上部に入った中1のお姉ちゃんは、ランニングシューズとスパイクシューズをインソールで合わせた。

ジュニアチームでサッカーをしている妹の彼女には、サッカーシューズを取り寄せることになった。
1週間後、彼女はお父さんと一緒に、もう一度、熊本から来店し、サッカーシューズをインソールで合わせた。

この2回の大阪への旅で、彼女には、「鶴橋」という駅名とともに、強く印象に残ったことが2つあった。

1つ。その店で足型を測定した時に、足の裏が、とてもくすぐったかったこと。
2つ。その店のおばちゃんに、色々教えてもらったこと。

特に、お姉ちゃんは、正しい姿勢での立ち方・歩き方、短距離の走り方や練習方法を、店のおばちゃんから熱心に教えてもらっていた。
それを見ていた彼女は、こう思った。

「自分も大きくなったら陸上競技をやろう。そして、またお父さんに、この『鶴橋』のお店に連れてきてもらおう」

高2ではじめた三段跳び

彼女は中学生になると、陸上部に入った。
走幅跳びをやってみると、案外に跳べた。
そのまま、走幅跳びが専門種目になった。
中3年の時には、5m27cmまで記録を伸ばした。

高校は、県内でも有数の強豪校に進学した。
しかし、彼女の記録は伸び悩んだ。
やっと走幅跳びの自己ベストを更新するも、記録は5m29cm、中学時代からわずか2cmしか記録を伸ばせなかった。

高2になった彼女は、三段跳びに挑戦しはじめた。
というのも、女子三段跳びが、翌年のインターハイから正式種目になることを知ったからだ。
まだ競技人口も少ないだろうから、うまくいけば、全国インターハイも狙えるかもしれない。

とにかく、三段跳びのデビュー戦は、4月開催の熊本県選手権に決まった。
しかし、大会2日前、誰にも想像できないことが起こった。

全国インターハイへの夢

2016年4月14日午後9時26分。
熊本県を大地震が襲った。

被災した人々は、被害の大きさに打ちのめされた。
もはや、陸上競技どころではなくなった。
熊本県選手権は延期。
その他の予定されていた競技日程も、ことごとく中止になった。
高校生たちは、大事なシーズンのはじまりを奪われた。

それでも、6月には全国インターハイ熊本県予選会が行われた。
彼女は、女子走幅跳びに出場。
中学時代の記録にも及ばない、5m26cmで第7位。
南九州地区予選にさえ進出できなかった。

延期された熊本県選手権がやっと開催されたのは、7月になってからだった。
彼女は、その三段跳びのデビュー戦で、11m21cmの記録を残した。

秋には、11m85cmまで記録を伸ばした。
女子三段跳びで、南九州の高校生のトップに立った。
やっと光が見えた気がした。
彼女は、全国インターハイ出場の夢を抱いて、高3になった。

8年の時を越えて

「熊本の○○です。覚えてますか?」

彼女のお父さんから電話があったのは、5月のことだった。
その話によると、彼女は高校最後の大事なシーズンを目の前にして故障し、走れなくなっていると言う。
春先から足に痛みを抱え、ろくに練習できなくなっていた。

故障の状況から、川見店主は、彼女の走る姿を容易に想像できた。
そして、彼女の動きの問題点を指摘した。
お父さんは驚いた。

「電話で話すだけで、そこまでのことがわかりますか!」

お父さんは、その話を彼女に伝えた。
今度は彼女が、陸上部のコーチに伝えた。
コーチは驚いた。

「まったく、そのとおりだ。キミの問題点はそこにある。そのお店は信頼できるな」

実は彼女も、解決策はないかと、自分で色々と調べてはいた。
そして、調べると、いつも、ある店のホームページにたどりついた。
それは、小4の時に行った、あの「鶴橋」のお店だった。
迷っている時間は、なかった。

その日も、九州の空は晴れ渡っていた。
8年ぶりに、彼女は、お父さんと一緒に、熊本空港から飛び立った。

「やっと、あの『鶴橋』のお店に行ける」

機体が大きく旋回した。
彼女の運命もまた、大きくまわりはじめた。

(つづきます)

この記事は2017年7月に旧ブログで公開したものです。今回、それを加筆訂正し再公開しました。

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